タイムマシンにおねがい
こんにちは。広島で遺品整理業を営むはっぴいえんどの西本です。
「死せる孔明生ける仲達を走らす」
三国志の有名な一節です。
稀代の名軍師・諸葛亮孔明(しょかつりょう こうめい)が亡くなった後もライバルである司馬懿仲達(しばい ちゅうたつ)を戦の中で混乱に陥れ敗走させたというエピソードを示す言葉です。
亡くなった後もなお影響を残すことの偉大さを表現する言葉として、とても印象的ですね。
死のあとも何かが残って、生きている人たちを動かすってすごいことですよね。
死の意味を深く考えさせられるエピソードで個人的にとても好きです。
そんな“孔明エピソード”に似た話を昨夜聴きました。
「フワちゃんのオールナイトニッポンX」での一コマ。
(また例のごとくラジオの話で恐縮ですが、これまた自分の中で印象深い話だったので書かせてください)
ラジオには音楽が付きものです。
そのときフワちゃんがかけた音楽がサディスティック・ミカバンドの曲でした。
サディスティック・ミカバンドの『ハイベイビー』
この曲は1973年の発表です。私も生まれていません。ましてやタレントのフワちゃんにとっては“遥か昔”の古典のような曲ですね。
皆さんはサディスティック・ミカバンドをご存知でしょうか。
1973年に加藤和彦さんが率いた伝説的なバンドで、名ギタリストとして知られる高中正義さん、初期にメンバーにはあの、つのだひろさんが所属していたり、高橋幸宏さんが所属していたり・・・と、とにかくスーパーバンドなわけです。
2枚目のアルバム『黒船』は1974年に発表されイギリスでもヒットするなど世界的なバンドの先駆け的存在です。
このサディスティック・ミカバンドの『ハイベイビー』についてフワちゃんがこんなことを言っていたのです。
「サディスティック・ミカバンドの曲って曲の終わり方が変。」
「『タイムマシンにおねがい』も曲の終わり方が超変。一体どうなってんの〜?」
「サディスティック・ミカバンドにどうしてこんなに変な終わり方なのか聞いてみたい。サディスティック・ミカバンド呼んで!!!」
フワちゃんのあのハイテンションで“サディスティック・ミカバンド”の曲を絶賛して、絶叫しながら「サディスティック・ミカバンドを呼んで!!!」と言ってしまう光景が展開されました。 そうです。 サディスティック・ミカバンドは1970年台の前半で一旦は活動を終え解散しています(その後2度の再結成がありました)。 そして、フワちゃんが絶賛して“変な曲の終わり方”などの奇策を展開した音楽家・加藤和彦はもうこの世にはいません。 加藤和彦。 私が大尊敬する偉大な音楽家。 加藤和彦さんに関してはこのはっぴいえんどのブログが始まった頃に書かせていただいています(7/30Up「消えても忘れられても」)。 フワちゃんのこのサディスティック・ミカバンドについてのやりとりを聞きながら、嬉しさと寂しさがない交ぜになった何とも言えない気持ちになりました。 その後、サディスティック・ミカバンドのボーカルであった福井ミカさんが現在72歳だという情報がフワちゃんのもとに入ります。 フワちゃん、驚いていました。 「この曲って一体何年前の曲なの?!!」 そうです。 1973年に発表された曲。 そしてバンドを率いた加藤和彦はすでにこの世にいない。 ボーカルのミカさんは72歳。 そんなことをフワちゃんは全く知らず、この曲の“素晴らしさ”だけで紹介して、楽しいトークを展開してくれていたのです。 加藤さんが残した偉大な足跡は思いも寄らないフワちゃんという現代のトリックスターのもとへとなぜか届いてしまったということです。 何だか涙が出ました。 すごいなぁと。 「世の中が音楽を必要としなくなり、もう創作の意欲もなくなった。死にたいというより、消えてしまいたい」と書き残して逝ってしまった加藤さん。 そんなことなかったですね〜音楽はまだまだ若い人に届いちゃいましたね。と加藤さんに言いたくなりました。 「死せる孔明、生ける仲達を走らす」が思わず浮かんだ話でした。 生きていた証、とても心を打ちます。
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