読書日記 第33回 『コロナとの死闘』

こんにちは。広島で遺品整理業を営むはっぴいえんどの西本です。

久しぶりの読書日記です。
前回が4月の中旬でしたからずいぶん間が開きました。
今回は以前にも触れました西村康稔著『コロナとの死闘』を紹介します。
ちなみに今回は“オススメ”ではありません。
なので少し異色の読書日記です。
もう終わりに向かっている(終わるべき)コロナ禍。
後世にこのおかしな時代がどのような評価を与えられるか・・・この時代を生きた人間としてとても興味があるのですが(120%いい評価になるはずがありませんが)、その歴史の証言となる書物の一つがこれでしょう。

西村康稔とは経済再生担当大臣でありながらコロナ担当大臣でもあった人物です。
政府によるコロナ対応の第一線に居続けた人物です。

その人物によるコロナ禍の回顧録がこの本です。

このブログ自体も後世に残る可能性を加味して、令和4年6月時点でのこの本の私なりの評価をちゃんと書いておきたいと思います。この本が絶賛されたのだと仮に後世に残るのだとすれば、「それは絶対に違う」、このコロナ禍は明らかなる過ちだったというふうに考えていた人間がその時代に確実にいたということを書き残します。

この本に対する率直な感想。

早すぎる。

これです。
回顧録って普通はある程度時間が経過してから当事者が落ち着いて振り返りながら書かれるものです。
その意味においてたった2年前の話を回顧しているということ自体に違和感を抱きます。

令和4年6月の時点でまだコロナ禍の2年を評価する動きはまだ顕在化していません。
何しろマスクを外せない状態なのですからこの2年が正しかったのか間違いだったのかを評価する段階ではありませんね。
それでも政策決定の中心にいた西村康稔が何よりも先んじてこのような本を出すという意味。

これから色々な人がコロナ禍という時代を評価する時がきます。
その評価は間違いなく厳しいものとなります。

西村氏は厳しい評価が噴出する前に自分で歴史に対する評価をしておきたかったのでしょう。

普通はこの流れだと“弁明”をしておくというものですが、この本は読んですぐわかりますが“弁明”ではありません。
自画自賛のオンパレードです。

先に好意的な評価をしておこうという意図があるのだと思います。

呆れるばかりの自画自賛のオンパレードに辟易とするのがこの本の全体的な感想です。

普通、このような回顧本では表には出てこない裏話や苦悩などが書かれていたりして、それこそが研究にとっての重要な資料となったりするのですが、この本はびっくりするほどそれがありません。

新聞報道で知っている程度のストーリーが当事者である西村氏から語られます。
これは裏話を言ってしまうと評価が覆るほど危険で愚かな話が満載なのか、それとも本当に薄っぺらい話だけでコロナ政策が遂行されたのかどちらかです。どちらにしてロクな碌なものではないということです。

このような内容であるが故に、読書日記でありながら“オススメ”はしません。
怖いもの見たさで読むことぐらいには価値はありそうです。

ひとつ書いておきたいのが、歴史の当事者は多くの苦悩があって正解のない海を必死で泳いでいるものです。
その大変さは十分想像します。つまり、安易に批判はしないのが歴史を評価するときのあるべき姿勢です。

それでもなお、西村氏が語るような政策は評価をするわけにはいきません。
同時進行で別の考えがあり、リアルタイムで批判をしていたので“後出しジャンケン”で批判をしているわけではないということをちゃんとここで書いておきたいと思います。

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