ここは途中だ

こんにちは。広島で遺品整理業を営むはっぴいえんどの西本です。

今日は3月11日です。
2011年の東日本大震災から11年が経ちました。
14時46分には心の中で黙祷をしていました。

11年が経ったんですね。
11年前の今日を思い出してみます。

あの頃の14時46分は出勤前でした。
当時の私はホテルで夜勤をしていましたので、ちょうど出勤に向けて自室でドライヤーをかけていました。
東北・関東で大きな地震があったとの速報が入り、すぐに関東にいた弟に連絡をした覚えがあります。
17時に職場に到着すると、テレビでは仙台空港を覆う津波を見て、今までかつて見たことがない光景に呆然とするしかありませんでした。

そこから日本を覆った悲しさや静けさは今でも昨日のように覚えています。

“なんとか力にならなければ”という焦燥感に駆られ、仕事を辞めて東北へ行こうなんて思ってもいました。
ただあの時は本当に多くの人が広島のホテルまで避難してきたんです。
福島原発の危機への恐怖が広島への避難にもつながっていることをひしひしと感じていました。
お母さんと小さいお子さんが本当にたくさん避難してきていました。
ホテルも非常時の対応で長期の避難に備えてバックヤードの洗濯機を利用できるようにするなどバタバタの対応でした。

私個人はあの時の無力感と、何か少しでも国の役に立てないのかの思いが仕事への姿勢を変えたと思っています。
簡単に言えば、あのときから私は“真剣に”仕事をするようになりました。
もう少し正確に言えば、責任を背負うということを請け負うようになったということでしょうか。

以前にも書いた、2018年の宮島で行ったイベントもこの時の悔しさが根底にありました。
大きな山を動かすような仕事をしているときは常に2011年に抱いた自分の悔しさやもどかしさが側にあります。
それで今日まで走ってこれたという思いが確実にあります。

きっと東北の方々には何の役にも立ててはいないので、所詮自己満足でしかないのですが、今でもこれをいつかは東北へ繋げることができればという思いがあります。

観光業時代に、とある会議で「福島の子どもたちを修学旅行で広島へ来てもらう活動ができないか」と提案したことがあります。旅行会社とホテル旅館の集まりの場での提案でした。
原子爆弾の焼け野原からここまで復興した広島を多くの福島の子供達に見ていただくことに大きな意味を見出していました。
しかし、その頃の自分はまだまだ業界でぽっと出の存在でしかなくて、随分大それた発言だったなぁと今では思います。
もちろん注目されることもなく流された提案となりました。
当時の自分には規模が大きすぎて、提案の機は熟していなかったんだと思います。
この提案は実現することなく今に至ります。

さまざまな意味で、今はまだまだ“途中”です。

ブログの最後に、今日これを読んで思わず涙ぐんだ記事を貼っておきます。
まだまだ“途中”ですが、歩みを止めず前に進んで行きたいと思います。

はっぴいえんどは広島エリア(広島市・廿日市市・大竹市)で以下のサービスを提供しています。

終活アドバイス
生前整理
遺品整理
墓参り代行
不用品買取
空家相談

弊社は旅行・ホテル業界で培った“おもてなしの心”を事業の柱としています。
ご依頼者様のご要望に寄り添いながら安心してお任せいただける終活アドバイスをはじめ、プロの遺品整理士が真摯に業務に向き合う遺品整理など皆様の人生のお手伝いを心を込めてさせていただきます。