“死”を語る笑い

こんにちは。広島で遺品整理業を営むはっぴいえんどの西本です。

この週末、落語家の三遊亭円丈師匠が76歳で亡くなられたというニュースがありました。
このニュースを受けて今日(12/6)のニッポン放送「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」では放送作家の高田文夫さんが円丈さんとの思い出を語っていました。ゲスト出演した円丈さんのお弟子さんの白鳥さんとも思い出話を咲かせてとても楽しくて心温まる放送でした。

そうです。
とても楽しい放送でした。
円丈さんの弟子である白鳥さんが語る師匠の姿。

「弟子をいびるのが師匠の仕事ですからね〜」
「(弟子の)僕が書いた落語を師匠が採用してくれて舞台に駆けてくれたんですよ。それがびっくりするくらいスベって。舞台から降りてきた師匠は台本を床に叩きつけて、僕に怒鳴り散らすんですけど、それを選んだの師匠でしょっての。」

こんな調子で故人の在りし日の姿を面白おかしく話すわけです。

あまりの白鳥さんの話っぷりに高田文夫さんも「聞くひとが聞いたら怒るからよ。それくらいにしとけ。」なんて笑いながらおっしゃるのです。

今日の放送後に白鳥さんがこのようにツイートしています。
私は三遊亭円丈師匠のことを詳しく知りません。
なので、生前の円丈さんの活躍もよくわかりませんし、その死を悲しみいっぱいで受け入れる容量もありません。

しかし、こうして誰かの死を誰かが愛情を持って語っている姿を見たり聞いたりすると、その方が偉大で素敵な人だったのだろうなというのがよくわかります。

そして、亡くなった後でもその人のことを好きになったりすることだってありそうです。

何が言いたいかというと、“死を語ること”の凄さ、愛おしさについてです。

先ほど書いた高田先生の「聞く人が聞いたらー」というセリフ。
私にはあの文句ばかりで、今風に言えば“ディスっている”とも取れる話の数々は師匠への愛に溢れて笑顔にもなったし、だからこそ涙ぐみもしました。あの毒舌満載の話にクレームを入れる感性って何だろうと思うほどです。

死を語る。
死者を語る。

このことについて、誰に言われたわけでもなく誰もが勝手に“コンプレックス”を発揮しているきらいがありますよね。

死者に対して、「こういうことを語るのはよくないなぁ」とか「こういう言い方はしてはいけない」といった約束事みたいなことが頭をよぎります。

そんな表層的なことは、“愛情のある毒舌と笑い”の前には意味をなさないという事がよくわかりました。
その冗談と愛情を感じることができる感性でいたことを心から嬉しく思います。

またひとつ、“死”について大きな学びがありました。
死を語ること、表現することの深さには“こうすべき”という形はきっとありません。
どんな表層であっても愛情があれば間違いなく周囲にそれは伝わる。
そんなことを感じる放送でした。
そんなことをこうして言葉にして、文字にすることは噺家の世界では“無粋”にすぎるかもしれませんが・・・・。
こうして遺品整理・終活の仕事に向けて小さいけれど大きな糧に出会えて嬉しいです。

最後に、三遊亭円丈師匠のご冥福を心からお祈り申し上げます。


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